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2005年03月19日
スカラ座騒動 言い分、あれこれ
3月18日にミラノの新聞“コッリエーレ・デッラ・セーラ”に載った記事です。
『昨日、マエストロ・ムーティは沈黙を破り、“コッリエーレ・デッラ・セーラ”に寄稿した1通の手紙によって、いくつかの彼なりの理由を説明した。
《我が人生の約20年の間、私はスカラ座で、常に劇場側の人間でした。
すなわち、労働者側の、という事です。
私はスカラ座が存在し続け、また、そのアーティスト達は替えが効かない事を分かっています。》』
『昨日、オーケストラと労働者の労働組合は、理事会の為、ローマに来ていました。
ムーティの手紙に対するコメントは、労働組合の会合のある本日に、延期となりました。
Fialsのサンドロ・マラテスタ氏は短く
「われわれ労働者としては、まず会う事(あって話す事を)望んでいまいした。
が、今は新聞で1通の手紙が読めるだけです。」
とだけ、付け加えました。
エルネスト・スキアーヴィ(新オーケストラ労働組合議長)は、それにいくつかの言葉を続けました。
「(労働者)会議は、Cda(スカラ座運営委員会)の決定を疑っている。
すなわち、ムーティが圧力をかけたのでは、と言う点だ。新聞に掲載されたムーティの手紙を、
組合員がポジティヴな態度で捉えるかどうか、私は知らない。手紙ではみんなが知っている、
信じられない話が語られているが。私はこの手紙は、最良のレポートとは考えられない。
最高に評価しても、(これによって)何も変わりはしない。」
ブルーノ・チェッリ(Cgil:イタリア労働総同盟…最大の労組)の姿勢は、より毅然としたものです。
「手紙ではすべてが正反対だ。曰く、“私は労働者と共にあり、Cdaの決定と共にある”。という事は、何も変わっていない。
私たちは、もう少し違う事、もっとその先の事を話してくれるのを待っていた。」』
以上、ムーティの手紙に対する、労働者側の反応でした。
その他に掲載されていた、重要人物達のコメントです。
『新たに文化評議員に任命されたステファノ・ゼッキ氏…前支配人(フォンタナ氏)の親友…はこの様に発言した。
「フォンタナは、彼の素晴らしい能力によって、道筋(生き方)にかなった解決策が見つかる様、祈っている。」
「メーリ博士が、彼のプロフェッショナルな力で、劇場(スカラ座)をあるべき文化的レベルへ引き上げてくれる様、希望する。
また、私はピッコロ座(ミラノにある劇場)にも助言をした…私が想像するに、アーティスト達は管理者(理事、運営者)達から、遠ざけておく必要がある。なぜなら、口論を始めるからである。」
そしてまた、セルジョ・エスコバール氏…テアトロ・ピッコロ支配人…も、ムーティについて発言した。
「劇場に25年生きて来た男、芸術家達の価値をする男として、言わせてもらうと、ムーティはスカラ座を後にしなければならぬ、最後の人物だ。」
前の文化評議員のフィリッペ・ダヴェリオもまた、こう考えています。
「ムーティがオーケストラに対しブラーヴォだったとしても、また、このスカラ座の危機が、行なわれた投資に関する選択ミスに起因するものだったとしても…ムーティ、フォンタナ、労働者達は、他人の過ちの代償を払わされる事になる。」
アンドレー・ルート・シャンマー(Andre'e Ruth Shammah)テアトロ・パレンティ支配人は、
「真相は明白な事実となって、自ずから浮かび上がってこよう。」
キリスト教プロテスタント信者のソプラノ、レイラ・ジェンチェル(Lejla Gencer)
「今、起こっている事については、とても残念です。平静が戻る事を祈ります。」
舞台美術家エツィオ・フリジェーリオは、より心理的分析を。
「フォンタナが大指揮者達の就任を妨げた、とは信じられない。
私が理解する所によると、ムーティのオーケストラ…自分が多くを与えてきた…に対する執着、たぶんこれが、常に自分がオケと一緒に居る事への欲求へ、彼を突き動かしたのだ。
たぶん、多大な(オケに対する)献身(没頭、専心、耽溺…)が、彼に、スカラ座オケへのジェラシーを生み出させたのだ。」』
『他の人達が〈混乱〉について語る…。
「すべてが大混乱だ。ムーティが出て行ってしまうのでは、と恐れている。」
…とスカラ座天井桟敷友の会大統領ジャンニオ・テンコーニは明言する…
「この様な混乱の後には、いつも起こる事だ。Cda(スカラ座運営委員会) も十分に防衛した、とは思えないね。」
アンナ・クレスピ、スカラ座友の会総裁は、
「我々は、時おり手(チェスの駒)が打たれる、チェス盤の上に居る(様なものだ)。」
3月11日以降には、より明確になるだろう。その日以降、Cda が招集され、スカラ座の出資者の会議があり、ミラノ市長と労働組合が顔をあわせる。
3月13日には、ミラノ音楽院にて、スカラ座自由天井桟敷の会が、〈“我らが”テアトロについてのディスカッションの為に〉と言う公開集会を開く。
昨日、言った通りだが、スカラ座労働組合はローマにて、評議会委員会の話を聞いた。
労働組合によると、懇談的性格の会合であった。
評議委員のアルベルティーナ・ソリアーニとナンド・ダッラ・キエーザは、
「我々は、地震の前夜に居る。」』
他にも、色々ありましたが、既にムーティ氏は辞任を発表し、話題は次の音楽監督の事に、移りつつあります。という事で、この辺で終わりにしましょう。
最後に、だいぶ、意訳をさせて頂きました。と申しますか、語学力のない人間が訳すと、どうしても立派な翻訳にはなりません。どうぞ、御容赦下さい。
2005年03月18日
スカラ座戦争続報
スカラ座に、変化が出ました。
実は、木曜日にミラノに行く用がありました。
そこで、ミラノの無料新聞(その他、大都市にもある…駅等で貰える)の内の1つ“LEGGO”の表紙にムーティの写真がっ!
おお、変化が出たなっ?!
と、キオスクに飛び込んで(その前に、当然、無料新聞はゲットです)新聞を買う。
第1狙いは、ミラノに本社を置く“CERRIERE DELLA SERA”です。
特に、今日はミラノに来ていますから、ミラノ版になる筈です。
人目を盗んで、ちょいと覗くと…あります、あります!
新聞本体の中に、ミラノ版だけが増刷で入っています!トップには、当然のごと、スカラ座です。
そして、もう1紙、ローマが本社の“La Repubblica”を手に入れて、検討開始です!
結局、労働者側が『ムーティとは、やって行けない。』と発表しちゃいました。
その後、ムーティが辞めると言ったとか、言わなかったとか、情報が錯綜した様ですが、結局、その日(前日に当たる水曜日)には、公式な発言は無し。
同様に、労働者側から『ノー』を突きつけられた新支配人メーリ氏は、ミラノ市長であり、総支配人と会談。
その後、記者達には『今の所は、この地位に留まる。』との発言をしました。
で、新聞を買ったこの日(木曜日)にスカラ座のCdA(運営委員会)が開かれる…という事で、
明日の新聞は絶対買わなくてはっ!!!…と言っている私は、今、東京…orz..
実はミラノには、飛行機に乗りに行ったのでした。
しょうがないので、インターネットで、イタリアの新聞のウェブサイトを覗いてみると…あります。
『ムーティ:これでは、指揮は出来ない。』
公式にコメントを出した様ですね。
で、このまま、読み進めたいのですが、寝不足と時差ぼけで、駄目です。
また、明日以降に書き足します。
2005年03月13日
ラジオでオペラ11:「イル・フラミーニオ IL FLAMINIO」
音楽:ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ
Giovanni Battista Pergolesi
台本:ジェンナラントニオ・フェデリーコによる3幕の喜劇
(原典:フランチェスコ・デグラーダ)
Commedia per musica in tre atti di Gennarantonio Federico (revisione sulle fonti di Francesco Degrada)
フェスティバル・ペルゴレージ・スポンティーニ2004(FESTIVAL PERGOLESI SPONTINI 2004)の公演の録音でした。
初演は1735年の秋、ナポリのテアトロ・ヌオーヴォだそう。
ちなみに、23年前、ナポリのサン・カルロ劇場で復活上演があったそうです。
出演者は
Polidoro:Giovanni Botta
Flaminio:Anna Bonitatibus
Giustina:Sonia Prina
Agata:Roberta Invernizzi
Ferdinando:Angela Bonfitto
Checca:Laura Cherici
Agata:Filippo Morace
オーケストラ:アッカデーミア・ビザンティーナ(Accademia Bizantina)
指揮者:オッターヴィオ・ダントーネ(Ottavio Dantone)
演出、美術:Michal Znaniecki
でありました。
ペルゴレージ(1710.1.4〜1736.3.16)は、わずか26歳でこの世を去った
イタリアの作曲家で、この作品は、その死の1年前のモノです。
(その命日に一番近い放送日にやったのは、イタリアらしい、気のきかせ方?)
彼の代表作と言うと、オペラ「奥様女中」、宗教音楽「悲しみの聖母」(スタバト・マーテル
Stabat mater)というの2つでしょう。
しかし、その他の作品と言うと…?
今日の公演は、まさしく彼の音楽史上の重要さを再認識させるものでした。
たぶん、彼(もしくは、この時代のその他の作曲家)なくしてモーツァルトは生まれなかったし、
ロッシーニは現れなかったでしょう。
あの『社会契約論』の著者、スイス人のジャン=ジャック・ルソー(1712〜1778)が、彼の著書
『音楽辞典』の中で、ペルゴレージを絶賛していますが、まさしく、その通り!
ちなみにルソーは、作曲家になりたくて(オペラ「村の占い師」が代表作)、職業としては写譜家だったらしいです。
彼は、思想家と言うより、音楽家として生きていたのかも知れません。
ま、それは兎も角…。
喜劇と聞いていたので、「奥様女中」みたいな感じかと思ったら、とんでもない!
超真面目な大作。
勿論、喜劇ではあるんだけど、それは最後のまとまりがそうだからであって、音楽的内容は、
濃くて、かつ、ヴィルトゥオーゾ!
特に、女声のアリアで、2つ程、大曲がありました。
途中、
「これ、絶対、モーツァルトは聞いたんだろう?!」
と思うくだりもあり、もうびっくり!
…あんな、跳躍音程で歌わせる野郎は、ヴォルフガングだけだと思っていたら…。
男声のブッファなアリアが数曲ありましたが、これもまた、良く考えられているものでした。
いやあ、紫式部や清少納言なくして、後代の大作家達が存在し得ない様に、また、夏目漱石や森鴎外がいたからと言って、
先達の作家達の輝きが失せる訳では無い様に、いくらヴェルディ、プッチーニがもてはやされようと、
ペルゴレージの作品の重要さが、消える事は無さそうです。
しかし、みんな(本日出演の歌手ですが)、良く歌詞が分る。なんで日本人歌手は、日本語歌っても、
イタリア語歌っても、良く聞き取れないんだ???
そうそう、フラミーニオとはフラミニウス(〜前217)と言うローマの政治家にして将軍で、
フラミニア街道を造った方。フラミニア街道とは紀元前210〜200年に建設された、
ローマからウンブリア州を経てリミニに続く街道です。
最後のリスナーからの投書で、
「今日の公演を、ベルルスコーニ首相が聴いていていくれたら…と思っています。」
もう、イタリア人ったら!爆笑!!
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ご免なさい!フラウミーニオですが、確かにそう言う方が居たのですが、このオペラの人物は、別人でした。
なんせ、舞台はナポリでしたから。
私はローマ時代のフラウミーニオ将軍の人物像は、良く知りませんので、もしかしたら、同じ名前にしたのは、
何か意味があるかも知れませんね。
2005年03月10日
ラジオでオペラ10:「サムソンとデリラ」
3月6日のメトロポリタンの放送です。
Samson:Jose' Cura
Dalila, sacerdotessa di Dagon:Denyce Graves
Il sommo sacerdote di Dagon:Jean-Philippe Lafont
Orchestra e coro del Teatro Metropolitan di New York
Direttore:Bertrand de Billy
と言う陣容。
他にヘブライの老人役でロバート・ロイド、アビメレク役にジェイムス・コートニー が出演していました。
どちらもベテランだそうで、こういう人達が、脇を固めると上演が締まります。
(ロイドは知っていましたが、コートニーは初めてです。)
さて、「サムソンとデリラ」を一番最近に聴いたのは、何年か前のミラノ・スカラ座のラジオ中継でした。
デリラを歌ったのがオルガ・ボロディナで、凄かった。
私の勝手な思い込みなのかも知れませんが、フランスもののメゾって、あんまり重たい声の印象が無いんです。
「カルメン」もソプラノ系の軽い人もやるし、「ウェルテル」のシャルロットも重い声のイメージが無い。
ところがボロディナは、さすがおろしゃのメゾ!深く、暗く、且つ大きい声。(に聞こえた。)
サムソンを誘惑する、小悪魔的妖艶な女…ではなく、悪魔的妖怪な女…あ、じゃないんですよ!
ええ、そんな事は無いんですが、その、ペリシテ人達が、
「あんな、怪力サムソンには、敵わない!」
「あぁ、どうしよう?そうだ!女だ!デリラを送り込め!」
と言ったのではなく、デリラが、
「サムソンの馬鹿力?ふんっ!力比べなら、任せて!!」
と出て来た様なイメージ…じゃない!あぁ、そうでは無くてですね、色気が無かった訳では無いんです。けど、
「サムソンの夜伽?…大丈夫、体力勝負なら負けないわっ!」
みたいな…。
あぁ…何を書いているんだ…orz。
で、その時のサムソンを誰がやったか覚えていない。確か、プラシド・ドミンゴだった様な…
(覚えておけよ!スーパースターだろっ?!)そして彼が、怪力馬鹿男ではなく、人間的弱さを持ち、
且つ、ペリシテ人を打ち破る為、神から怪力を授かってしまった男、を演じたため、ボロディナの迫力が倍増しちゃった感がありました。
あ、でですね、今回のデリラのデニス・グレイブスですが、立派な声で、ボロディナの様な暗さは無い。
声はこっちの方が、合っている感じ。
けれども…どうも、色気を感じない。これ、オケもそうなんですけど、フランスの管弦楽に良くある、
色気、と言うか、華やかさ、と言うか、そう言うものを感じない。
良く聴いていると、微妙なうねりが無いみたい。これはフルート1本だけが、とか、ヴィオラのパートだけが、とか、
そう言う問題じゃなくて、ここのパート、個々の奏者から、フランスらしいうねりが出ていないんだと思う。
これ、ウィーンフィルのワルツみたいに、他の国のオケじゃ、出ないのかな?けど、スカラ座のオケには、
そんな事、感じなかったなぁ。その点、ボロディナも上手だった。
サムソンのホセ・クーラは、近頃、イタリアでは聴いていません。どうなったかな?と思って聴きました。
う〜ん、声の状態は、あまり良くなっていないかな。ただ、ちょっと前に聞かれた、声のずり上げは、少なくなっていました。
この方、ちょっと(相当?)ナルちゃんの気(ナルシスト)があるらしく、ボディビルとかで体を鍛えて、
美しくあろうとなさっているとか。某テノールの様に、舞台の段差も登れなくなっちゃうのと違い、素晴らしい事です。
ですので、何年も前に(十数年前?)スカラ座でやった「カヴァレリア・ルスティカーナ」のトゥリッドゥなんか、
鳥肌もんに素晴らしかった。どんなにサントゥッツァが必死に御願いしても
『辞めてくれ。お前みたいな女は、オレには似合わないんだ!』
みたいに、自己愛が滲み出て、
『おお、こいつぁすげえ!』
と思ったものでした。
この役も、彼のナルから来る音楽のラインが、デリラのデニス・グレイブスとは違って、色気を感じさせる。
だから、役としては合っていると思いました。…あとは、声の状態。
ちなみに、下記の様なCDが出ているみたいです。
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歌劇『サムソンとデリラ』(全曲)
指揮: コリン・デイヴィス
演奏: ロンドン交響楽団
合唱団: ロンドン合唱団
サムソン: ホセ・クーラ(テノール)
デリラ: オリガ・ボロディナ(メゾ・ソプラノ)
ダゴンの大祭司: ジャン=フィリップ・ラフォン(バリトン)
アビメレク: エギリス・シリンス(バス)
老ヘブライ人: ロバート・ロイド
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大司祭のジャン・フィリップ・ラフォンは、オーケーです。まだ、若いのかな?
これからが楽しみな感じです。その他、男声陣は健闘。良い出来でした。
合唱は…、ちょっと荒れた感じを持つ場面も。ただ、実際の舞台だと、演出や舞台装置等、
色々な制限がありますので、なんとも。
今回は、前回の「ナブッコ」と違い、イタリアのリスナーからも、そんなに凄まじい投書はありませんでした。(苦笑)
2005年03月05日
ローマの一番よい三流のホテル
かつてモデナに住んでいたI子ちゃんから、情報をいただいた。
ローマにあるTurnerという三ツ星ホテルのサイトがすばらしいとのことだ。
日本人にとって、まだまだイタリアは、充分魅力ある外国なのだろう。
ユーロ高や韓流のおかげで随分減ったとはいえ、観光客も大勢来る。
そして、ローマは必ずといっていいほど立ち寄る街だ。
そこに建つホテルとなったら、自分のサイトに日本語ページを
設けるくらいのサービスは、当然やってしかるべきだろう
それでは御覧下さい。
こちらです。
http://www.hotelturner.com/giapponese/italiano_jap.htm
「Turnerホテルは、三流のホテルです。ローマのセンタに建ててやりました。」
大変脱力させて頂きました。
そして
イタリアに「文部運転省」というものがあることも初めて知りました。
いろいろ勉強になります。
さらに、
「ガンベロロッソ」の賞品にこのホテルは指定されているようです。
なにかコンテストをやるのでしょうか???
飲み物に入れないレストランの食事が余分のサービスとして提供されます。
飲み物には入りたくないのでこれは歓迎するべき事でしょう。
こちらであまり言及してもいけませんので、どうぞ ご自身でご確認ください。
いずれにせよ、なにかしらんの翻訳ソフト(かなり雑ですね)に頼ったようです。
ローマには 大量の日本人が居るのですが…
とはいえ、ローマの日本人向け新聞にも かなり素敵な日本語の宣伝が入っているのですから
あまり在伊日本人は当てにならないのかもしれません。
それに、これを見せられた日本人は、おそらく、間違いを指摘するより、
そっとしておいてあげたい、と思ったのでしょう。
2005年03月02日
FEDEXだって負けちゃいない
昨日は、イタリアDHLの心和むお話を掲載しましたので、やはり
ここは公平を期して、国際物流のもうひとつの雄、ロジスティックの革命児、
フェデラルエクスプレス、通称FEDEXについても言及せねばなりません。
それは ある時、なんと、日本に免許証を忘れてしまった、という悲劇的な事件からはじまりました。
そう、免許証がなければ、当然、運転もできません。
せっかくもらった かわいいみひゃえる、こと、FIAT UNOにも乗る事はできないのです。
そこで日本から大至急送ってもらうことにしました。
イタリアの郵便局は、いつ届くのかとても不安なので、ここは絶対に信頼のおける
FEDEXに登場してもらうことにしました。
品川のFEDEX集荷場まで、直接出向き、送付手続きをとる。
そこで、番号を渡されます。 これが追跡用のIDになるわけです。
さて、その夜からインターネットのトレーサー画面で追跡です。
金曜 18時:成田 積荷
土曜 朝 :アメリカ西海岸通過
土曜 午後:アメリカ東海岸通過 なんというスピード! 翌日にはアメリカ通過してます!
日曜 朝 :フランス到着
日曜 一日お休み
月曜 午後:イタリア到着
そして 火曜日
うごいてません… どこだ ここ?? あ! マルペンサのそばね…
ぐっとスピードが落ちてきます。 やはり
ボローニャ到着
そして……
届きません。
水曜 ステータスはずーーーーーっと配送中のままです。
おかしいです。 とどきません。 不思議です。
ふと見るとステータスは 配送完了になっています。
まだとどいていません。
そして、 数時間の後。
ピンポーーーーーン♪
「フェデックスデ〜ス」
サインがなくても、配送終了にはできるようです。
2005年03月01日
DHLはドイツの誇り…のはずなんだけど
イタリアでは、郵便にまつわる様々な楽しいお話が頻発するのですが、
届きたてほやほやのネタからお届けいたします。
これは、同じくモデナに住む S氏(日本人男性)に昨日ふりかかったお話です。
まあ、イタリア限定で言うなら、まだまだジャブのようなモノかもしれませんが…
それは、2月28日の寒い朝のこと、S氏の家にDHLのビジネス便が届きました。
ピンポ〜ン (インターフォンが鳴りました)
S氏:「は〜い。」
DHL:「(インターフォンのむこうで)配送便です! 」
S氏:「 あ、DHLさん? 5階です〜♪ 」
DHL:「……… えっと … エ・・エレベーターある?」
S氏:「 ない。(きっぱり) 」
DHL:「 えっと 下まで来れないかしら? 」
S氏:「 やだ (きっぱり) 」
DHL:「 じ、じ・・じゃ ポストに入れておくわ! 」
S氏:「 そんな! サインしなくていいの? 」
DHL:「 Sさんでしょ。 私が書いていれておくわ! OK!? じゃ 」
S氏:「 え・・・・ (・・;;) 」
結局、その荷物はS氏が説得に負けて取りに降りてくることを待つことなく、
配送者の偽造サインによって受領がとりおこなわれたのであった。
DHL(実名だぜぃ)といえば ドイツの誇り、ドイチェポストの現身。
その正確さと確実さで世界を席巻している。いいのか…? これで!!
末端へくればこうなるというよい凡例なのか??
それとも……
さすがイタリア というべきなのであろうか。
ちなみに 日本やドイツのDHLではそーーーんなことは決してありませんのでご心配なく。